----本当は強さではなくて。----
「やぁ大佐」
あっけらかんとした口調で執務室のドアを開けたエドワードは、
「ノックくらいしなさいと言っただろう」という言葉は聞かない振りをして、ソファに腰を下ろした。
ロイはその動作を視界の隅に入れた後、ようやく手に持っていた書類から、視線をエドに向ける。
「おや、早く着いたな。今回は寄り道しなかったのかい」
「ここが寄り道だよ」
また書類に視線を落とし、笑いを含んだ声でロイは言う。
「そうつれないことを言うな。…それに今は君の上司だ」
「へいへい」
「それで?報告書は?」
「はいコレ」
鞄から紙束を出すと立ち上がり、相変わらず書類に視線を落としているロイの眼前にそれを差し出した。
一瞬、目を見開いた彼だが、「確認しよう。待っていなさい」と静かに受け取った。
「…そうそう。ほら、君が欲しがっていた資料だ。もっていけ」
言われて、引き出しから取り出された資料の束を引き換えに受け取ったエドワードは、
嬉しそうに内容を確かめる。
それとほぼ同じタイミングだった。
キャンキャンキャンという鳴き声が聞こえた。
声はどんどん近づいてくるようだった。
「‥?」
声の主はどこだ‥と、目をきょろきょろと迷わせる。
しばらくして、何も現れないのかと目を伏せた瞬間、
「うわあぁーっ!?」
エドワードは、さっと飛び出た黒いものに頭を目掛けて飛びつかれた。
ロイにもらった大量の資料が、バラバラと床にばら撒かれた。
「ぎゃあぁぁ----ッ!何だ--!?」
視界は真っ黒に埋めつくされ、自分がどの方角に向いているのかさえ分からない。
わさわさした妙な感触に、ただただ絶叫するしかなくて。
「……」
ロイはというと、見慣れた生き物の行動と、それに騒ぎ立てるエドワードの混乱振りをやれやれと眺めた後、
「犬だよ鋼の」 と教えてやった。
「犬!?」
正体を知った彼はガラリと態度を変え、綺麗に結われていた髪を散々に乱されたことにキレる。
同時に、それを自分の頭から引き剥がし、思い切り怒鳴りつけた。
「だ--っ!何しやがるこの犬いい加減にしやがれ---っ!!」
エドワードに捕らえられた”犬”は、ビクッと身を震わせた。
キャン!と甲高く鳴く声にかぶって、ロイが言う。
「ブラックハヤテ号だ」
エドワードは、ロイの声に顔だけ振り向く。
「何?」
「ホークアイ中尉の飼い犬だよ」
エドワードの気がブラックハヤテ号から逸れた瞬間、ブラックハヤテ号はエドの手から飛び出した。
「あっ」
恐ろしいものから逃げるかのように素早く部屋から抜け出したまま、もう戻ることはなかった。
…ちっ。
逃げられた悔しさにそう漏らし、だるそうに体をロイへと向ける。
「…ブラックハヤテぇ…?」
「ネーミングセンスに疑問を感じるだろう」
「…」
中尉には言うなよと笑い混じりに言ってくるロイに耳だけ傾けて、
ぐしゃぐしゃになった髪からゴムを外しながら。
「まったく…しょーがねーな!」
みつあみを結い直す為に、他方向にさらさら流れる髪をまとめる。
「結いなおしだぜ‥ったく」
「鋼の」 不意に声をかける。
「んー?」 髪を結いながら。
「少し伸びたか?」
「んーそうかも」
ロイは、散らばった資料を拾いながら。
「まだ願掛けをしているのか」
エドワードはロイを見ながら、まだ髪を結っている。
「その髪だよ」
ロイが一言付け足した頃に結い終え、髪を後ろにはじきながら、にかっと明るく言うエドワード。
「あぁ!切るのはもっと先だろーけど。…オレが強くなくちゃな!」
その言葉にロイは微笑を浮かべる。
「そうか…」
「うん」
資料の一枚をまた拾い上げ、思い出したように「あぁ」と短く発し、後を続ける。
「そういえば君の弟が、強い兄で頼もしい、と言っていた」
「‥アルがそんなこと言ったのか!?」 パッと歓喜の表情に変わる。
「ああ…しかしな」 ロイは軽く頷き、散らばった最後の一枚を紙束の上に重ね、言った。
「私は、君のそれは本当に強さなのかと判断に迷う」
「え?」
「私には、君がそんな願掛けごときに縋って生きているようにも見えるぞ」
「……!」
そんなことをこの人間に言われるとは思いもしなかった。
驚きが先走り、エドワードはロイに詰め寄った。
思わず激しい口調になるが、自分では止められなかった。
「何だよそれ!好き勝手に思ったこと言ってんじゃねぇよ!」
「それでは訊くが」
エドワードの怒りの篭った瞳をかわすように、逆に無機質な視線をエドワードに送り。
「もし君たちの体が元に戻ったら、君たちは一番に何をするつもりだね?」 と問うてやった。
やはり少年はハッと戸惑って、何度も言葉を飲み込んだ末に、
やっと一言だけ。
「えと…母さんのお墓参り…かな」
「何故?」
訊かれると、更に困った、そしてまたハッとした表情で。
「何でって…」
「自分たちの犯した母親の命を冒涜したに等しい過ちを、
元の体に戻ったと報告することによって赦されると錯覚したいからか?」
「――!!?」
『お母さん、あなたのくれた体を、この通りちゃんと取り戻しました。だから、赦して』
そう、思っているのではないか、と、ロイは言った。
エドワードは怒りに震え、「てめ…」と吐いただけで、しんと黙り込んでしまった。
そこへ、会話のない空白を埋めるように、ロイが口を開く。
「それとも、そういう気持ちは微塵も無いと言い切れるのか?」
「………」
さらに俯いて黙り込むエドワード。
嫌な沈黙が室内を支配した。とても嫌な、とても嫌な。
「………」
「…まぁ…」
小さく呟き、エドワードに近づくロイが、珍しく消沈した様子で囁いた。
「私にはそれを責めることなど出来ないのだがね」
エドワードの頬を掌で優しく包む。
続いて出たのは何と、
「すまない…余計なことばかり…口が過ぎた」 ‥謝罪で。
「……っ」
何を思ったか、無理矢理ロイと唇を重ねるエドワード。
その目の前で、突然の行為に驚嘆するロイ。
すぐに唇は離れた。触れるだけのキス。
「確かに…そんな浅ましいことを考えたときもあったよ」
すぐに恥ずかしそうにロイに背を向けて、「…今だって‥」と言い捨てるように呟いたかと思えば、
「でも!」と否定し、あたふたと次の言葉を躊躇い、ようやく。
「‥やったことの重さは痛いほどわかってる…もう何をしても赦されないってことも…」
「……」
―――あぁ何か変なこと言っちまった!帰る!
ロイの手から資料を奪い、ついでに突き放し、荷物をまとめて帰ろうと、
彼には背を向け扉の前に立つ。
「それでも戻ろうって決めたんだ…そのための気休めくらいあってもいいだろ。‥願掛けごときでもさ」
「なるほど…」 仕方ないな…ロイは溜め息混じりに微笑する。
「じゃ、オレ行くから」
「来るのが早いと思ったら、帰るのも早いのか…もう少し落ち着いていきたまえよ」
「いいよそんなの。アル図書館で待たせてるし」
「‥また図書館かね」 言うと、「うん」と返ってきた。
「用が出来たらまた来るよ」 訪れたときとは大違いで、ゆっくりと扉を開ける。
「やれやれ…いつでも来なさい」
「ああ」
また微笑するロイ。
クッという笑い声がスイッチとなったか、エドワードの動きがピタと止まった。
「………んー…」 そのままじっと固まったまま、少し考えて。
「…何だね?」
くるりと振り返り、やはり恥ずかしそうに、俯き加減で、しかも口籠っている。
「や…やっぱりもうちょっとここに居ようかなー…アルには悪いけど…」
「おや。珍しい」
ロイが意外だなと微笑むと、少年は口の端に気まずく苦笑を浮かべた。
「……さっきのキス…思い出しちゃったんだよ…」
「…!」
それはもう可笑しそうにクスクスと笑い、からかい半分で言ってやる。
「慣れないことはするものじゃないな?」
「うるさいな!」 恥ずかしさと、からかわれた屈辱とで少し脹れている。
「‥まぁ」 エドワードの反応がいちいち面白くて、まだ小さく笑いを零しながら。
「これで久々に君を口説く時間が出来たわけなのだが」
ロイが発した刹那、エドワードの顔色が一気に変化した。
それをよく確認してから、ドアを指差し、手招きをする。
…そして一言。
「鍵を閉めてこっちにおいで、鋼の」
「〜〜〜っ」
―――END―――
キリカリスさんからの素敵な贈り物、その2。
これも等価交換でいただいた品です。
いやはや、咲苒は等価交換で何を差し出したか忘れましたよ(爆
またキリカリスさんから素敵小説をいただけるのは約束済みなんですがね…フフ(黒
素敵小説、有難うございました^^
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